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元気をもらってます②

2010年07月08日 木曜日

昨日の夜、家に帰ってきたら郵便受けに少し膨らんだ封筒が。

送り主のところには、以前に結婚式の司会をさせてもらった方のお父さまの名前。

なんだろう?と思って開けたら、ビックリなモノが入っていました!!

 

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なんと!!7月にデビューする「新スカイライナー」のお箸。

箸に入っている車体のイラストも良いけど

周りを包んでいる「SKYLINER」のデザインも素晴らしい!!

本来の目的は食事の時に使う事ですが、しばらくは

家の棚に飾って眺めていようかな・・・(笑)

 

実は、この箸を下さった方には、以前に京成線の携帯ストラップも頂きました。

ブログにも書いたので、覚えている方もいるかもしれませんが。

そのストラップ、今も僕の携帯に付いて活躍しております!!

これで、ますます京成線への愛着が湧きそうです(笑)

良い七夕のプレゼントになりました。ありがとうございました!!

 

上信越20時間旅②

2010年02月26日 金曜日

今日はJCN「はっぴる」のロケに行ってきました~。

今日行ったお店は、3月の放送でご紹介する分なんですが、詳しくは

放送の時期に合わせて書きたいと思います。

そんなわけで、浅田真央ちゃん銀メダルのニュースはさっき知りました、はい。

 

では、昨日の続き。時間をおととい・24日水曜日の午前4時半に戻しましょう。

 

上野からの夜行急行「能登」に乗って新潟県の糸魚川に着いた僕は

他の鉄道好きの皆さんと駅の中をウロウロ・・・。ここからJR大糸線に乗り換えるのですが、

始発電車は6時過ぎ。1時間半何しよう(笑)

 

結局、めったに行かない糸魚川駅を色々と見学していました。

本当は駅のすぐ横にある、「レンガ倉庫」という歴史と雰囲気のある車庫で

写真を撮ろうと思ったんですが、真っ暗闇の中ではキレイに写らず断念。

 

そして40分ほどが過ぎたところで、大阪から新潟へ向かう寝台急行「きたぐに」が到着。

 

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この583系も、今では本当に貴重な列車です。昼間は座席、夜になると天井近くから

ベッドを下ろして寝台列車に変身できるという、鉄道ファンにとっては特別な存在なのです。

その583系が夜行定期列車として運転しているのは、「きたぐに」だけ。

少しでも長く頑張ってもらいたいものです。

 

で、ここから大糸線に乗る目的は使用されているディーゼルカー「キハ52」です。

この車両も、前のブログに書いた「北陸」や「能登」と同じく

3月12日で大糸線から引退するんです。今後については、まだ不明な点も多いんですが。

まさに「ローカル線らしい」車体の持つ雰囲気。僕もその姿をしっかりとカメラに収めなければ。

 

というわけで、まずは糸魚川からの南小谷行き始発電車に乗りました。

1両編成の気動車、ほぼ席は埋まっています。

見た感じは、3分の2が鉄道ファン(笑)でも、冬山登山らしき人もチラホラ・・・。

 

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色々と迷った末に、「根知(ねち)」という駅で降りてみました。

まずは過ぎゆく列車をパチリ。哀愁を感じる1枚になりました。

 

無人駅である「根知」の待合室に行き時刻表を見ると、

次の列車は2時間後!?(笑)・・・って、まあ分かっていたんですけどね。

一応、現状を再認識しただけ(笑)でも、予想していなかったのは

無人駅の「根知」周辺には店も無かったということ・・・コンビニはもちろん、

自動販売機すら無い!!待合室にもベンチしかない!!

少し暖かくなったとはいえ、その時点での現地の気温は3度(!)

 

というわけで、まずは・・・トボトボと歩き始めました(笑)良い撮影ポイントを探して。

というのも終点の南小谷までは行かない、途中駅までの列車が

20分後に追いかけてくるのを知っていたからです。乗る必要は無いけど、撮るには絶好の列車!

 

適当にフラフラと歩くこと10分。橋を渡る列車を横から見られるポイントがありました。

残念ながら、車両の下の部分は隠れてしまうのですが、それでも良い景色。

容赦なく吹き付ける寒風に凍えること10分。

 

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ついに列車が登場。まずは、トンネルを出たところを1枚。

 

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続いて橋の中央部を向いて1枚。

鉄道写真に詳しい方にお見せするには、車輪が隠れているのでお恥ずかしい限りですが

僕自身としては、けっこう気に入っています。

 

ここで一度「根知」駅にUターン。すると、他にも鉄道の写真を撮りに来ていた方がいました。

その方は様々な資料を見て、わざわざ名古屋からやってきたんだそうです。

その方が、別の撮影ポイントに行くというので同行させてもらいました。

 

橋の横から写真を撮って約30分後。先ほどの列車が折り返して戻ってきました。

線路をまたぐ国道の上から見下ろして撮りました。

 

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後方の山は朝陽を浴びているけど、地上の線路にはまだ届かず。

そのバランスが、また良いんじゃないかなぁ・・・と自画自賛(笑)

 

そして再び「根知」駅へ。更に40分ほど・・・やっとの次の列車がやってきました。

実は、この列車の来る瞬間が「根知」駅に降りた最大の理由。

 

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このように、「キハ52」同士の2ショットを待っていたんです。

でも、けっこう勇気が要ったんですよ・・・。というのも、この区間は単線で

僕が乗る予定の南小谷行き(写真右)が先に到着。

そこへ反対方向から来た糸魚川行き(写真左)が到着するんですが、

その後すぐに南小谷行きは出発してしまうんです。

2ショットを撮影したらすぐに列車に乗らないと、遅れたら更に2時間半待ち(笑)それはキツイ。

 

でも、そこはローカル線の優しい運転士さん。

鉄道ファンが多く撮影に来ている事は十分に承知していて、

ちゃんとみんなが列車に乗るのを確認して出発してくれました。

本当にありがとうございました!!

 

さぁ、大きなミッションを終えて大糸線を南下。

南小谷からは電化区間に入るので、ディーゼルカーから大糸線の「電車」に乗り換え信濃大町へ。

 

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立山黒部アルペンルートの長野側の玄関口である信濃大町。

ここには、僕の祖父母が眠るお墓があります。

無事に仕事が出来ている感謝と、無事に列車の撮影が終わった報告を兼ねて(?)

お参りしてきました。後ろに見える北アルプスの美しさは圧巻!!

 

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お参りの後は、信濃大町の名物「ソースカツ丼」を食べに市内のお店「昭和軒」へ。

ここは「ソースカツ丼」の老舗。「はくばSP豚」を使った丼は、

サクサクの衣に甘めのソース、ジューシーな豚肉と

豚肉の下に敷き詰められたキャベツがクセになる味です。

 

しかも、お店に入ったらちょうどバンクーバー五輪をやっていて、

ソースカツ丼を食べながら、ショートプログラムでの浅田真央ちゃんの演技を見ていました。

そして今日のフリーの演技はこれからテレビで見ます。真央ちゃんの銀メダル、素晴らしいですよね。

 

話は戻りますが、結局、ソースカツ丼を食べた僕が列車を乗り継ぎ東京に戻ったのは夜7時。

前日の夜11時過ぎに上野を出てから20時間での弾丸ツアーでございました。

・・・それで、こういうタイトルだったんですよ。説明が遅かったですけど(笑)

たまには、こういう「学生っぽい」旅行も良いもんだなぁ、と思いました。

いつまで体が持つかは分かりませんが・・・。

今回乗った列車たち・・・3月12日までガンバレ!!

 

上信越20時間旅①

2010年02月24日 水曜日

思い立って、旅をしてきました。

前々から行きたいと思っていた場所だったのですが、決断したのは一昨日の月曜日。

そして急いでキップを買いに行き、翌日の昨日夜に出発。

来週、再来週とまとまった時間が取れなくなりそうだったので、急遽決めました。

そんなに急がなくても3月の後半じゃ4月じゃダメなの?

 

ダメなんです。

 

3月12日までじゃないとダメなんです。

 

今しか見られない列車に会いに行ってきました。

 

旅の出発地は夜の上野駅。いつ行っても、上野駅地下ホームの哀愁を帯びた雰囲気は

独特のものがあります。その端にある13番ホーム。

かつては、ここからたくさんの夜行列車が北に向けて出発していました。

それが、どんどんと数が減り・・・そして、この3月にも姿を消す夜行列車があります。

 

夜の10時40分過ぎ。牽引する機関車が後ろから押す「推進運転」で入線してきたのが・・・。

 

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金沢行きの寝台特急「北陸」です。この春で姿を消す事になった寝台特急。

B個室寝台を多く連結し、利用者の数も比較的安定していると聞いていたので

廃止のニュースを聞いた時は驚きました。ちなみに、この日の北陸は

引退のニュースを知って乗りに来た人の影響もあって既に満席。

 

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そんな「北陸」を牽引するのは「EF64」僕の中では、かなり好きな機関車です。

以前は、横川と軽井沢の間の「碓氷峠」を電車が越えるために

電車の前後に連結されていた馬力のある機関車。

今は、その姿を見る機会も少なくなりました。

これが見たかったんだよ、これが・・・と感動する僕。

実は、この2時間前からホームにいたんです(笑)

 

というのも、本当はホームの雰囲気を見てから駅の外に出て

アメ横の居酒屋「大統領」でモツ焼きと煮込みで一杯やってから戻ってくれば

ちょうど30分くらい前・・・なんて計画を立てていたんです。

(行く店までは考えていなかったけど)。

 

それが、一度ホームに行ったら、なんだか離れられなくなっちゃって・・・。

結局、JRの駅によくある大人気のおにぎり「ほんのり屋」へ行きました。

そうしたら、閉店間近という事で「おにぎり全品100円」の文字!!

ここぞとばかりに、「海老天むす」のような200円以上する具だくさんの物をいくつか買い、

缶チューハイを飲みながら共にホームのベンチでパクついて過ごしたのでした。

まぁ、結局はお酒を飲んだ事に変わりはないけど(笑)格安の夕食・・・。

 

・・・話が逸れました。

2時間くらいホームにいた、っていう話だったよね。

そうそう、その間にどんどんカメラを持った人が増えていき、熱気は増すばかり。

そして出発直前には、この人だかり!!

 

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しかも、この他にも「テレビ金沢」と書いたカメラクルーの皆さんまで見かけました。

この北陸は金沢行きだから取材に来たのかな~くらいに思っていたら、

なんとカメラの先には、スーツケースを持った、作家の五木寛之さんが!!

おそらく、テレビ金沢の制作するドキュメンタリー番組で「北陸」を取り上げ、

五木さんが旅人として実際に乗ってみる、という事なんじゃないかと思います。

全国放送してくれたら、絶対に見たいなぁ。生の五木寛之さんにも大感激でした。

 

そんな五木さんを乗せた「北陸」を見送り・・・。

そうなんです。さっき書いた通りに、僕が旅行を決めたのは直前だったので既に「北陸」は満席。

てなわけで僕は、特急列車出発専用の16番ホームへ移動。

僕の乗る列車は、これです。

489系ボンネット型車両を使った、急行「能登」

 

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この列車、先ほどの「北陸」を追いかけるように金沢へ向かいます。

そして3月12日、「北陸」と共に廃止になるんです。

元々は「能登」も機関車に引かれる客車タイプの夜行急行で、

寝台と座席の両方を連結していました。

 

その後、座席だけの電車タイプになり、このボンネット型になりました。

まさに昭和からの長距離特急の顔として走り続けたボンネット型。

定期列車としての役目は、この「能登」の引退で終える事になります。

このように、ヘッドマークを人の手で付け替えるのも見納めです。

本当に寂しい・・・。

 

そんなノスタルジーたっぷりの「能登」に僕も乗り、23時33分に上野を出発。

座席なので良い寝姿勢が決まらず、体をクネクネしながら休むこと5時間(笑)

午前4時半過ぎに、新潟県の糸魚川駅に到着。僕はここで降りました。

結局1時間くらいしか寝られなかった、けど楽しかったなぁ。

 

上野を出発する時はすごい人の数だったけど、さすがに

午前4時半の糸魚川駅で写真を撮るのは僕くらいだろう・・・と思ったら!!

 

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いた!!(笑)しかも10人以上。

こう書くと「おまえもその一人じゃん!!」と突っ込まれそうですが、

僕のように上野から乗ってきた人じゃなくて、列車が着く前に

糸魚川駅のホームにいて待ち構えていた人が既に10人はいました。

ひょっとしたら、そのうちの何人かは「能登」の数分前に糸魚川に停車していった

「北陸」を降りた人かも知れません。

いずれにしても、まだまだ暗い糸魚川の駅に集まる

やけに元気な人たち(小笠原さんを含む)。

 

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というわけで、みんなで「能登」をお見送り。

その横では、暗闇の中で「ゴ~」と音を立てているレトロなディーゼルカーが。

実はこれが、僕の今回の旅のメインイベント!!なんです。

その話は、また次回に。(引っ張るね~(笑))

鉄ちゃん的クリスマス③懐かしの京急車両

2009年12月27日 日曜日

タイトルに「クリスマス」と入れたブログを

27日もなって書いていると、ちょっと恥ずかしくなりますね(笑)。

だったら、3回にも分けて引っ張るなって話なんですが・・・。

そんなわけで僕の自己満足的な京急線日記も最終回です。

 

途中で一度遭遇した京浜急行の旧1000形にもう一度会いたいと

ひたすら横浜方面を目指すつもりだったんですが、途中の駅で

何かと面白い光景に出くわすんです。

正確に言うと「前にも見た事あるけど、よく考えたらこれって面白いよなぁ」という光景。

 

こちらは、京急川崎駅での事。

この駅では普通電車が後続の快特の待ち合わせをする事がよくあります。

その時も、先に普通電車が到着。すると、その普通電車の運転士さんが

運転席からホームに降りて、掃除用具箱に向かって走り始めたんです。

持ってきたのは、水の入ったバケツとブラシ。

そこへ、後続の快特が到着しました。すると・・・。

 

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快特電車の前面にバシャバシャと水をかけ始めました。

車で言うところのウォッシャー液をかけているようなものです。

 

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そして大急ぎでブラシを使って掃除を始めました。時間にして30~40秒。

あっという間の出来事です。それもそのはず。速さが売りの快特は停車時間もわずか。

しかも、緊密ダイヤで運転しているので起終点での折り返しも

時間に余裕があるとは限らないのです。

一方、普通電車は何度も待ち合わせをしながら進むので、駅に長く停まる事が多い。

そこで、普通電車の運転士さんがこうやってお助けをしているのです。

素晴らしいじゃないですかっ!!そして、わずかな停車時間の後に

快特の運転士さんは、普通列車の運転士さんに向けて深々とお辞儀をしながら

京急川崎駅を出発していくのでした・・・。こういう光景って、なんだか良いですよね。

 

ただ、快特が出た1分後には、今度は普通電車が発車するので

バケツとブラシを用具箱に返すのに、運転士さんが相当慌てていましたけど(笑)

 

さて、京急といえば特徴的な電車がもう一つ。800形電車です。

僕と同じ年の昭和53年生まれの電車。旧1000形と同じく片扉車で、

その容姿から「だるまさん」の愛称で親しまれています。

京急の中ではベテランの部類に入りますが、まだまだ多くの編成が活躍しています。

・・・が!!普通電車でしか使われていない800形の「羽田空港」行きは

なかなか見られません。レアなので、あえて載せてみました(笑)

 

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そんなこんなで道草を食っているうちに、すっかり夕方。

これは旧1000形は諦めようかと思った矢先・・・。

 

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なんと品川行きの旧1000形が目の前に!!

こうなったら、この電車が品川まで行って「文 庫」行きになる可能性にかけよう、と

そのまま乗り込んで品川へと向かったのでした。

 

品川に着いた途端に、反対側の下りホームへ。

ちょうど平日夕方のラッシュ時で、ホームは混雑していました。

一方、電車のダイヤも大混雑。数分おきに次々と電車が発車していきます。

そんな中もう一つ、貴重な編成に出くわしました。

 

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それが、昭和58年に登場したこの「2000形」

元々は快特として京急の花形的役割を果たしました。

僕が小さい頃は、旧1000形の「特急・三崎口行き」に乗ろうか、

2000形の「快特・京急久里浜行き」に乗ろうか、いつも品川駅で迷ったものです。

えっ??そんな事だけで迷うのは僕だけ?!(笑)

でも最近は2000形の使用は川崎より横浜方面での普通電車が中心に。

それでも、ラッシュ時には懐かしの「快特」として品川にも顔を見せるのです。

 

そして、2000形の「快特」のあとにやってきた1000形は・・・。

 

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やったぁ~!!期待通りの金沢文庫行き。しかも、「文 庫」というレトロバージョンの表記。

長時間追い求めた甲斐がありました。朝に京急線の撮影を始めてから12時間(笑)。

周りに並ぶビジネスマンの皆さんに白い目で見られながら・・・、

そしてクリスマス・イブのカップルの皆さんに不思議そうな目で見られながら

きっちりと念願の写真を撮影し、この日のミッションを終えたのでした。

まさに、クリスマスの赤は京浜急行の赤!!って相当に無理があるなぁ(笑)

鉄ちゃん的クリスマス②京浜急行

2009年12月26日 土曜日

前回の続きです。京成線の撮影を終えた僕が次のターゲットを京浜急行にしたのは

京成線の時と同じく、今のうちに撮っておきたい貴重な電車があったからです。

現時点でも、そんなに多くの編成は無いだろうなぁと思いながら

横浜方面へ向かっていたら、品川を過ぎた立会川の駅で見つける事が出来ました。

 

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この電車!!「旧1000形」です。現在は、新しい1000形が存在するので、こう呼ばれています。

僕が小学生の頃、この旧1000形は京急のエースでした。

特に京成線の高砂や青砥から都営浅草線を経由して、三浦半島・三崎口まで

京急線を走破していた特急電車にはよく乗ったなぁ。

車両の特徴は何と言っても片側に開くドア。

そして、一部の編成では昔ながらの行き先表示が残っています。

「金沢文庫」ではなくて「文 庫」。これがレトロで良いんですよ~。マニアックですね~(笑)

ほかにも「京急川崎」が「川 崎」、「神奈川新町」が「新 町」などがありました。

ただ、この写真は光の当たり方がちょっと・・・後でもう一回チャレンジしたいなぁ、と

思いながら横浜方面へ向かいます。

 

次に降りたのは、京急蒲田の手前の「梅屋敷」です。

鉄道ファンならご存知でしょう。この駅はホームが短いため、

6両編成の電車が止まる時には、横浜側の2両がホームから飛び出します。

しかも、飛び出した先は踏切の上!!

 

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これ、あの人気深夜番組「タモリ倶楽部」でも紹介されるほどの有名スポット。

ホームから車両がはみ出す駅はいくつかあるんですが、2両もホームを外れるうえに

その場所が踏切、という複数の条件をクリアするこの駅は貴重です。

この日も、車掌さんが「後ろの2両はドアが開きません」と繰り返し案内しているのに

その放送を聞いていなくて、電車が踏切に止まったのを見て

慌てて車内を走っていくサラリーマンの人を見かけました。

車内アナウンスはちゃんと聞きましょう(笑)

 

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と、ここへまたまた旧1000形が登場!!さっきのリベンジで

今度こそ良い角度の写真を撮るぞ!!と思ったら・・・。

 

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あらら・・・こっちはご丁寧に「金沢文庫」とフルネームで書いてある(笑)

違うんだよな~、期待しているのはそれじゃないんだよなぁ~。

こうなると、どんどん欲張りになっていくんですよね~。

本当は旧1000形が見られただけでも貴重なんですが。

 

続いては京急蒲田駅へ。蒲田と言えば、もうすぐあの季節です。

 

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京急線のすぐ横を走るお正月恒例の「箱根駅伝」

ちょうど京急蒲田駅の横を選手達が走る時に

京急蒲田から羽田空港へ向かう「空港線」の踏切を渡るんです。

そこで、この踏切を渡る電車の本数を調整して、選手達に影響が無いようにしているんです。

知っていましたか~?!

ちなみに京急蒲田駅では、線路の高架化工事が行われていて、それが完了すると

このような対策の必要も無くなります。

 

・・・な~んて事を言っていたら、前回のブログで書いた北総線の7000系が登場。

しかも今回は、ちゃんと北総線の行き先になっている!!(詳しくは前回のブログを見て下さい)

この行き先表示、「印旛日本医大」の上の部分が黒く塗りつぶされているんです。

なぜなんだろう?・・・誰か知っている人がいたら教えて下さい。

ちなみに側面には、「(千葉ニュータウン)」と書いてありました。

 

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もう一つ、京急線を日頃から利用している方にはお馴染みですが、

京急川崎駅にいると、面白い光景を目にする事が出来ます。

それは、平日の昼間だと20分に一回見られるもの。

一部の快特(快速特急)は、品川方面からの電車と羽田空港方面からの電車が

京急川崎で連結して横浜方面へ向かいます。

 

ただ、運行ダイヤで先に京急川崎までやってきた、羽田空港方面からの電車(4両)は

京急川崎駅の手前で引き込み線に入って止まってしまうんです。

もちろんドアは開きません。もちろん人は乗っています。

長い時で2分近く、お客さんを閉じこめた状態で(笑)待っていると・・・。

 

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後ろからやってきた、品川方面からの電車(8両)が横を通り

羽田空港発の電車を抜かして京急川崎駅に侵入するんです。

羽田方面からのお客さんからすれば、

「ゴール寸前で立ち往生したら後続のランナーに抜かれた」気分でしょうね。

こういう方法を取っているところ、他には無いんじゃないかなぁ。

 

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そして、2つの編成は京急川崎で連結して12両で横浜・横須賀方面へ。

その後、金沢文庫で切り離して前の8両(品川方面からの電車)は久里浜・三崎口方面へ。

後の4両(羽田空港からの電車)は、新逗子行きは浦賀行きの普通電車になります。

 

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この連結作業もスムーズそのもので、連結から発車まで1分もかかりません。

なぜ、わざわざ来た電車の順番を入れ替えるのか??たぶん、この先の金沢文庫で

電車を切り離した時に、先に出る久里浜方面の電車を前に付けておきたい、という事ではないかと

思いますが、正解かどうかは分かりません。これも、知っている方、教えて下さい!!

京急の旅はもうちょっと続きます。続きは、また今度。

 

今日はこれから、今年最後のTOKYO FM泊まり勤務です。

年末年始の道路情報を詳しくお伝えしますよ~!!さらに、

18時からはBS-TBSで「からだのミカタ」の放送もありますので、

どちらもチェックよろしくお願いします!!

 

鉄ちゃん的クリスマス①京成線リベンジ

2009年12月24日 木曜日

メリークリスマス!!

・・・と世間では言っておりますが(笑)僕には関係無い事のようで。

とはいえ、こんなにのんびり出来る年末も珍しいので

またまた鉄道の写真を撮りに出かけました。

 

今回の目的地は・・・京成線です。えっ?また?!と言われそうですね。

そうなんです。ここのところ、何度も京成線の

「100周年リバイバルカラー」電車を撮りに行っているんです。

 

往年のカラーを1編成ずつ復活させようという試み。

既に3種類ある全てを撮影したんですが、

撮影した後になって「欲」が出てくるのが、撮り鉄の・・・というより僕の性格の(笑)やっかいな所。

 

実は3色のうち1色だけ、夜間の撮影しか出来ていないんです。

ちなみに3色のうち「ファイヤーオレンジ」は、10/19のブログ「見つけた!!」に、

「青電」は先日・12/14のブログ「京成つながり」に載せましたが

残る1つ「赤電」は周りが明るい時にお目にかかった事が無い。

 

というわけで、クリスマス・イブにも関わらず(関係ないけど)朝5時起きで出発(笑)

列車の走る本数の多い「朝のラッシュ」を狙って、高砂駅へ向かいました。すると・・・。

 

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数分で「青電」が登場。しかも、朝陽を浴びて車体の色がはっきり見えます。

前の時より良い感じだなあ・・・。そして高砂駅と、隣りの青砥駅を往復すること1時間。

 

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やっと「赤電」を捉える事が出来ました。これで思い残す事は無い!!(笑)

とおもったら、さすが通勤時間帯。予想外の車両も現れました。

 

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この車両、形は先ほどの3種類(3000系)と同じですが、

京成線から北総線に譲渡された車両なんです。塗装も違いますよね。

しかも、この塗装の編成も1種類!!やはり希少価値のある車両には弱い(笑)

 

ただ、ちょっと残念だったのは、北総線の車両でありながら京成線の「高砂行き」だったこと。

せっかくなら、北総線の行き先表示だったら良かったなあ、なんて事を考えちゃうんですね。

まあ、言い出したらキリが無いけど(笑)

 

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これもレアですよ~。こちらの9000系は、1984年に

当時の住宅都市整備公団鉄道として開業した時に2000系として製造された車両。

正直、まだ走っているとは知りませんでした・・・。

 

そして、そろそろ京成線の撮影もお開き・・・と思ったら!!

 

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なんと!!「赤電」と「青電」のツーショットまで撮影する事が出来ました!!

これは貴重でしょ~!!って誰に向かって言っているんだか(笑)

おかげで大満足の撮影、だったんですが、この時点で午前10時前。

せっかく早起きしたんだから、このまま帰っちゃもったいない(笑)

 

というわけで、冷えた体に立ち食いそばをかっ込み(笑)

次の路線へ向かうことにしたのです。向かった先は、

京成から都営浅草線を経由して直通している京浜急行です。次回に続く。

京成つながり

2009年12月14日 月曜日

この週末は、不思議と「京成電車」に縁がある日々でした。

これだけ書いても何のこっちゃ?、と思われると思うので

時系列に書いていきますね。

 

まずは土曜日、春まで僕がやっていた番組「朝生とちぎ」で一緒だった

若林芽育さんが東京に遊びに来るというので、ちょっとした下町案内をしてきました。

 

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行ってきたのは、ご存知!!「葛飾・柴又」

前に僕のブログにも書いた、取材でおじゃましたお店、

「男はつらいよ」のとらやのモデル「亀屋本舗」にも行ってきました。

 

久しぶりに亀屋本舗さんのお蕎麦と天ぷら、そして草だんごも食べ、

その後は船橋屋でくず餅・・・って、こう書くと食べてばっかりだったように見えますが、

その通りでした(笑)。その分、近況報告を兼ねて喋りまくったので

食べた分はしっかり消化したと思います!!(キッパリ)

 

さて、その柴又に行く交通手段と言えば京成電車。

前にブログで書いた「京成100周年記念」の復活カラーの電車の話、覚えていますか?

それぞれ1編成ずつ、懐かしの3つの色「赤電」「青電」「ファイヤーオレンジ」の電車が

走っているんですが、この日には通称「青電」に乗る事が出来ました。

 

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最近の電車には無い色遣いだから、けっこうインパクトがありますよね。

元々レトロな雰囲気の3000系にはピッタリです。

 

さてさて、そんな柴又での楽しい時間の後は、夕方から昨日(日曜日)の朝まで

TOKYO FMのニュースデスクとして泊まり勤務。

それが終わって昨日の午後は、来月に司会をさせて頂く結婚式の

打ち合わせをしてきました。

 

その際、新郎のお父さまから突然のプレゼントが!!

 

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なんと、まさに今走っている記念列車「青電」と「赤電」のストラップでした。

というのも、僕のブログをお父さまが見て頂いていて、

しかも京成の沿線に住まれていたことから、買ってきて下さったんです。

打ち合わせの僕のテンションが数段上がった事は言うまでもありません(笑)

本当にありがとうございました!!さっそく携帯に付けましたよ。

 

・・・と、ここまで来るとどうしても気になるのは、3色の復活電車のうち

唯一写せていない「赤電」です。

「ファイヤーオレンジ」は以前に「はっぴる」のロケに向かう途中で遭遇、

「青電」は柴又で乗れましたが、「赤電」には出会えていない・・・というわけで、

探しに行ってきました(笑)

 

京成線と言っても、「スカイライナー」が走る上野~成田空港間のほかに、

途中の青砥から都営浅草線に向かう、「押上~青砥間」、柴又方面の「高砂~金町間」、

幕張・千葉方面に向かう「津田沼~ちはら台間」、以前の成田空港に向かう

「成田~東成田~芝山千代田(芝山鉄道)」があって、範囲が広い!!

 

そこで、まずは以前に「青電」を見た金町方面の電車を狙って高砂へ。

 

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お~!!いきなり同じ型の3000系が。色こそ違いますが、これも近い将来は

貴重な光景になるはず。しかし、1時間ほど粘ったものの、高砂には現れず。

 

その後、「はっぴる」のロケで「ファイヤーオレンジ」を見た幕張・千葉方面へ。

分岐点の津田沼駅で3時間粘ったんですが(笑)赤電どころか、ほかの2色も現れない。

気が付くと、捜索開始から5時間が過ぎ・・・あたりも暗くなってきた。

そろそろ諦めようかと都心方面に帰ってくると、昼過ぎにいた高砂駅に・・・。

 

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お~!!ファイヤーオレンジが!!

夕方のラッシュ時になって、車庫にいた電車達も出動してきたために出会えたんです。

ということは、ひょっとしたら・・・と高砂駅で待つこと30分。

 

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待ってました!!赤電の登場!!こちらも金町方面からでした。

こちらは、千葉の小湊鐵道を思わせる(ますますマニアックでごめんなさい)

クリーム色とオレンジの塗装。これまた、懐かしさが溢れています。

この時点で捜索開始から7時間(笑)完全に1日を捧げてしまった。

これから3色を狙おうとする方は、やはり金町線を狙うのが近道かも(笑)。

 

それにしても、たまにはこういう休みの過ごし方も良いなあと思います。

この3色を全部撮ろうと思ったきっかけは、先日の仕事でした。

「J:COMでよかった」に出演させてもらって鉄道の話をする事が決まった際、

家に昔からあったアルバムを広げて見ていたんです。

 

すると、小さい頃に何気なく撮っていた近所の鉄道の写真が

時の流れを経て貴重な写真になっている!!

つまり、その頃の電車が引退してしまったために、その価値を増していたんです。

その時に「普段使っている電車を残しておかなきゃ」と思いました。

そんな写真を何十年か経って見るのは、本当に楽しいはず。

 

だから、この年末は空いた時間を電車撮影に使おうと思います。

えっ?!そんな宣言しなくても同じ行動しているだろうって?その通り(笑)

続・「偶然」な鉄道ネタ

2009年12月07日 月曜日

先日、113系・115系の話を書いたら、

今日、またまた偶然な出会いがありました。

実は前回のブログを書いた時に、どうしても載せたかった写真があったんです。

それは、鉄道ファンには感涙モノの「リバイバル」。

 

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懐かしの「湘南色」でございます。

関東近郊では、東海道線で活躍した「湘南色」

これが最近、復活したのです。しかも、千葉エリアで。

今日、偶然にも左の「湘南色」と、右の「スカ色」の2ショットが見られました。

この2つが並んだのは、時間にして1分ちょっとで、まさにラッキー!!

 

ちなみにこの電車を見つけたのは千葉駅。

ちょうど総武線各駅停車(黄色い電車)で千葉駅を出発する寸前だったんですが、

湘南色の電車が隣りのホームに入ってきた途端にホームに降りちゃいました(笑)。

 

もっと驚いたのは、隣りのホームに着いてカメラを向けたら

いつの間にか周りに同じ行動をする人が2~3人(笑)

どこから現れたんだ!!っていう状況ですよね。

 

さぁっ、すっかり鉄分を吸収したところで・・・、

明日はJ:COMかながわセントラルで「J:COMでよかった」の生放送!!

鉄道話をたっぷりしてきます!!ぜひ、テレビと番組HPのライブ配信で見て下さい!!

「偶然」な鉄道ネタ

2009年12月04日 金曜日

このブログを書くようになって、常にデジカメを持ち歩くようになりました。

そのデジカメが急に役に立つ時といったら、駅で「撮りたい列車」に出会った時。

ほかにも、先日の「日本橋駅塩酸騒ぎ」のようなケースもありますが、それは稀です。

そんなわけで、最近の駅でデジカメの出番があった出来事を書こうと思います。

 

先日、図書館へ行った時のこと。普段から1~2週間に1度は図書館に行って

仕事に必要な新聞記事のコピーをとるのが日課なのですが、

その後の楽しみが図書館で閲覧できる雑誌をチェックする事。

中でも一番時間をかけるのが「鉄道ファン」です(笑)

すると、最新号に「113系・115系」の特集記事が。

首都圏近郊での中距離型電車の主役として長く活躍していた113・115系の

引退が近付いているという記事でした。それならば、と・・・。

 

s-2009_1203soga-1.jpg

 

その足で撮りに行ってきました(笑)。僕が小学生の頃は、

東海道線でも横須賀・総武快速線でも、主流はこのタイプでした。

今でも、千葉以南や中央線の高尾以西などでは見られるんですが、

新型車輌投入の波に押されているのは事実。

今のうちに目に焼き付けておいた方が良さそうです。

 

先ほどの写真を撮った10分後、「試運転」と書いた列車が現れました。

中には、運転手さんや車掌さんらしき人ばかり50人近く。

ちょっと不思議な光景でした(笑)これは何だったんだろう・・・。

 

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ちなみに、この駅がどこかは分かりますか?

鉄道ファンの方、そして千葉近郊にお住まいの方なら簡単ですよね。

ヒントは、隣りに停まっているブルーの201系です。

 

場面は変わって昨日の赤羽駅。

湘南新宿ラインのダイヤが乱れていて、こんな奇妙な電光掲示に出くわしました。

 

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2台目の出発時刻の方が1台目よりも遅い・・・というのは、そんなに珍しい事ではありません。

理由は行き先です。どちらも同じ「湘南新宿ライン」ですが、

2台目の電車は「東海道線→高崎線」、1台目は「横須賀線→宇都宮線」なのです。

この日は東海道線での人身事故の影響でダイヤが乱れていたので、

影響を受けないで済む「横須賀線→宇都宮線」の列車だけでも

通常ダイヤで運転させよう、というわけです。これが、湘南新宿ラインの一つのポイント。

 

つまり、横須賀線は必ず宇都宮線へ、東海道線は必ず高崎線に直通するように出来ています。

これによって、どこかでトラブルが起きても影響を小さくする事が出来るわけです。

 

逆に私鉄では、北から西武池袋線と東武東上線(→有楽町線)、

南から東京メトロ有楽町線と東京メトロ副都心線がやってくる「小竹向原」駅の場合。

ちょうど2方向ずつからの路線がクロスするのですが、ここでは

「西武線-有楽町線」「西武線-副都心線」「東武線-有楽町線」「東武線-副都心線」と

4種類全ての直通がされています。そのため、1つの路線でダイヤが乱れると

4つ全ての路線のダイヤに影響してしまうのです。

その対策として、小竹向原駅では、駅の横に

待避線(ホームでは無いところで電車が待っている場所)を設けるなどしています。

 

 

思い切り話が脱線しましたが、赤羽駅の話(笑)。

僕がビックリしたのは、2台目の電車が「熊谷行き」だったということ。

先ほども書いたように、東海道線が遅れると直通する高崎線も遅れる。

でも、「熊谷行き」は普通はありません。なぜなら、1つ先の駅の「籠原」に車庫があるから。

駅のアナウンスも「熊谷行き」となっているし、これはレアだ!!と思って

20分近く電車を待っていたら・・・何事も無かったように「籠原行き」が来ました(笑)

さっきまでの案内は何だったんだ。

脱力感に襲われて僕は仕事場に向かったのでした・・・って、

仕事前にそんな事してたの?!って思ったあなたは、正常です(笑)

日本橋駅異臭騒ぎ

2009年11月18日 水曜日

普段、ニュースをお伝えする仕事をしている僕ですが、

時としてニュースの発生した「現場」に遭遇する事もあります。

今日は、まさにそんな事がありました。

 

今日の午後、僕は事務所での打ち合わせを終えて

表参道駅から地下鉄銀座線に乗っていました。

 

電車が途中の京橋駅に到着した際、電車の中で本を読んでいた僕は

降りるつもりだった、一つ先の日本橋駅と勘違いしてホームへ降りてしまったんです。

「あっ、しまった!ひと駅早かった!」と電車に戻ろうとしたんですが、

なんだか様子がおかしい・・・電車が出発する気配がないのです。

すると、車内にアナウンスが流れました。

 

「日本橋駅で車内に塩酸がまかれました。このまま運転を見合わせます。」

 

車内がざわつき、乗っていたうちの2割くらいの人がホームに降りました。

「塩酸がまかれた」という言葉に「テロ」という2文字が頭をよぎる。

 

京橋駅と日本橋駅が、それほど離れていない事を知っていた僕は、すぐに地上に出て

日本橋駅に向かいました。小走りで7~8分。

 

予想と違って、日本橋駅の改札の中に入るのに、規制などはされていませんでした。

 

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改札口には乗客が殺到していて、係員が対応に追われます。

そんな中、「銀座線は日本橋駅を通過して運転しています」のアナウンス。

このあたりで、塩酸のまかれたのが自分の乗っていた一つ前の電車で、

乗客の持っていた「工業用」の物がまかれたらしい、という事が分かってきました。

となると、故意にまかれたものでは無いのか?・・・とはいえ、まだ情報は錯綜しています。

しばらくして、サイレンの音が聞こえてきました。

 

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次第に暗くなってきた日本橋交差点を囲むように、10台以上の

パトカーや消防車がサイレンを点けたまま止まっていました。

消防隊員の人が、次々に防護服を着てホームに降りていきます。

 

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僕が日本橋駅に着いて10分以上経っていたので、異臭の発生からは30分以上が

経過していた事になるでしょうか。ホームへ降りる階段に、規制線が引かれました。

「現地対策本部」の幟が立てられ、緊張感が増していきます。

 

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この頃になると、一方を聞いたであろうスチールカメラマンなどがやってきました。

僕も念のため、仕事で通っているTOKYO FMの報道へ電話をしましたが、

異臭騒ぎの詳しい情報は特にいらないとの事だったので、交通の乱れなどについて連絡しました。

一方、ホームからはビニール袋が・・・これに塩酸の入っていた瓶が入っていたのでしょうか。

 

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そして異臭の発生から1時間が経過。テレビ各局のカメラクルーが続々と到着し、

消防の報道発表が行われました。この日記を書いている18:30時点では

4人が病院に搬送され、命に別状は無いとのことです。

 

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日本橋駅は、僕も一週間に3~4回は使う駅です。そんな駅で突然に遭遇した今回の騒ぎ。

事件性は無い模様(18:30現在)ですが、時間の経過と共に頭に浮かんだのは

地下鉄サリン事件でした。あの日もこんな状況で起きたのか。

今日の騒ぎは夕方の4時間でしたが、地下鉄サリン事件は朝のラッシュの時間帯。

その時、現場がどれほどの修羅場になったかは想像しても余りあります。

 

「危険物の持込みはご遠慮します」というアナウンスを常日頃の電車内で聞いていながら

いざこのような事が起きてみると、「持ち込めてしまう」怖さを感じずにはいられませんでした。

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